リメイク論 補論:『王賊』について

はじめに
(1) ミッションシステムとその問題
(2) 戦闘システム:エリアマップとヘックスマップ
 (a) SRPGとしての特徴づけ
 (b) 階層的戦闘システムの特徴と意義
 (c) システムの掘り下げ。より広い文脈への挑戦


(3) AVGパートの諸特徴
 (a) ミッションシステムの効用
 (b) アダルト要素の充実
 (c) 主人公ジンの人物造形
 (d) キャラ社作品の人物造形の基礎
 (e) キャラ社作品の物語展開の基礎
総評と展望
結語


 2007年6月29日に発売された第12作、ファンタジー戦争SLG『王賊 −OHZOKU−』。前作『グリンス』から丸1年という長大な制作期間は、同社としては初めての試みであったが、作品全体の密度は――そして売上も――それに応えるものだったようである。

 (1)本作においてゲームを進行させる基礎にあるのはミッション選択システムであり、プレイヤーは表示されているミッション一覧の中から適宜選択して、物語を進行させていくことになる。ミッションには必須ミッション(赤色ミッション)と随意ミッション(青色及び黒色ミッション)とがあり、前者が物語の本筋をたどるミッションであり、後者はサブプロットにあたる(=多くの場合、本筋には影響しない)。このミッションシステムによって本作のプロットの大枠が制御されているが、これは原理上、『真昼』『DC』の依頼書システム(cf. 4章2節と同根の発想である。各ミッションの間をどのようなフラグで結びつけるかによって、シナリオを比較的自由に組立てることができるシステムであり、『真昼』ではいくつかの連鎖ミッションが並行的に出現したが、本作の場合は上記のとおり一本道シナリオに多数のサブストーリーが付随する形態になっている。
※――製品版マニュアルによれば、赤色ミッションは正式には「ストーリーミッション」と命名されている。また青色ミッションは「ミッション」と、黒色ミッションは「イベントミッション」と、それぞれ名付けられている。しかし、以下本稿では必ずしもこの名称に従わず、説明の便宜上、各ミッションを赤/青/黒、または必須/随意のように呼称する。

 このミッションシステムについては、二つの観点から言及できる。第一に、このシステムの下で状況変化が流動化することによって、勢力地図が描けなくなったのではないかという疑念がある。いずれの随意ミッションをクリアしクリアしなかったかに応じて、その都度の勢力状況を正確に図示することが、困難になったのではないか、ということである(なお、別項「『王賊』全体マップ」を参照)。そして、この空間的不確定性とともに、第二の時間的不確定性の問題がある。すなわち、このミッションシステムを徹底したことの副次的影響として、時間経過が一切表現されなくなっているという点が指摘されてよいだろう。このことは、直接的になんらかの障害となるものではないが、しかし国家単位の物語であるにもかかわらず時間的関係が不明瞭になっている(――少なくとも筆者は、落ち着かない印象を受けた)。同社作品をふりかえってみても、『海賊』には時間表示が無かったが、これはさきに述べた(cf. 3章4節ように中盤の冗漫さが克服されていなかった。また、『アルフレッド』『LJ』『南国』のように日時の経過がなんら意味を持たない――もちろん様々なイベントのフラグではあるが、しかし少なくとも時間経過がデメリットをもたらさないという意味で――作品も存在し、それらにおいても時間感覚の欠如が生じている。物語が事実上強制的に進行してゆくAVGとは異なって、SLGにおいて時間的定位が失われがちなのは、他社作品においても広く見られる現象である。その問題が、本作においてはミッションシステムの中に現れているように思われる。

 ただし、このミッションシステムには独自の利点があることは、確かである。以前に述べた(cf. 4章2節ように、また後述する(cf. 本章3節a号ように、あらゆるイベントの発生を包括的に制御することのできるこのシステムは、プレイヤーに対してシナリオ進行を視覚化するものであり、かつシナリオ進行の自由裁量を提供するのに適している。すなわち、前者に関しては、すべてのイベントが「ミッション」の形で――しかも見出し付きで――プレイヤーの前に明確に提示されるという利点があり、また後者に関しては、それらのミッション(=イベント)の取捨選択について、実際に比較的大きな自由度をプレイヤーに提供するものとなっている。こうした点において、ミッションシステムを作品全体に対してほぼ全面的に適用してみせた本作の意義は、けっして小さくない。

 なお、戦闘ミッションに出撃するための準備作業として、部隊雇用、部隊スキル習得、軍団編成を行うことができる。『巣作り』から一部のモンスターユニットが再登場しているほかは、スキルもユニットも本作独自のものである。とりわけスキルシステムは、従来の作品がレベルアップ時のランダムなスキル習得制であったのに対して、本作ではスキルポイントを消費して習得スキルをプレイヤーが具体的個別的に指定することができるようになった。スキルの任意選択制は、プレイヤーの負担を低減し、かつ計画的な育成を可能にするという意味で、ゲームの易化に志向したようにみえるが、しかし他方で、低ランクでは上級スキルを習得できないという意味では、プレイヤーに対する制約が増しているとも言える。さらにユニットに関しては、成長(ランクアップ)の上限を低く設定することによって、ゲームバランスはおおむね適正に維持されている。ランクアップはFランクからAランク、そしてSランクまで、つまり7段階しかなく、しかもその際のパラメータ上昇は控えめである。


 (2)戦闘ミッションは、軍団単位での移動や補給といった戦術活動を行うエリアマップ(この戦術マップ上での攻撃も一部に存在するが)と、敵味方の部隊が直接戦闘行為を行うヘックスマップとに分かれる。前者は一定の活動回数をもって先手後手で行動するターン制であり、後者は敵味方を問わず各部隊の「戦闘速」に応じて順次行動していくものである。いずれも、『巣作り』『DC』のようなオートバトルではなく、行動指示に際しては、基本的にはプレイヤーが個々直接に自軍の軍団及び部隊の行動を命令することになる。

 (a)このシステムは、それ自体としてはさほど奇抜新奇なものではない。ソフトハウスキャラとしては珍しいことに、よく普及し十分に成熟したオーソドックスなウォーゲームの骨格を踏襲している。ただし、一般的なウォーゲームと比べると明らかにAVG的成分が多量に盛り込まれており、この点でいわゆるSRPGに近いシステムとして捉えられる。
※――「SRPG」という言葉は、特定のゲームシステムを定義する分析的概念ではなく、特定の作品群を呼称するための単なる経験的カテゴリーに過ぎないと思われる。本稿において「SRPG」とは、あえて定義的にいえば「ウォーゲームの中でもストーリー性及びキャラクター性が強く、そしてそれゆえ、ユニットにもキャラクター個性が強く反映されたものが多数存在し、またイベントにもストーリー規定的要素が強いもの」として理解しておく(――さらに「ステージ制の構成を採用する」ことを含めてもよいかもしれない)。具体的には『うたわれるもの』(LEAF、2002年)や『風と大地のページェント』(xuse、2001年)が、これに該当する性格を持っている。『ママトト』(alicisoft、1999年)も、半ば以上SRPGの性格を具備している。他方でcycの『戦場』シリーズなどは、ユニットのキャラクター性が希薄であるため、SRPGとは呼べまい。いわゆるSRPGと対比してウォーゲームの比較的一般的な形態を特徴づけるならば、たとえば、その都度の固有のイベントに依存する度合いが比較的小さく、組織的計画的な戦術性が比較的大きな比重を占めるという傾向が挙げられるであろう。
 なお、用語法が厳密でないという批判は、筆者自身にも向けられる。なかでも「AVG/SLG」の対概念は、システムの定義としてのその本来の意味に則したものではなく、むしろ現在の国内(年齢制限付き)PCゲームでの通例的分類に依拠している。すなわち、本稿で「AVG」と呼ぶ場合には「(ウィンドウメッセージ型またはヴィジュアルノヴェル型の)テキストアドヴェンチャーであって、選択肢(あるいはせいぜいアイコン化された場所移動選択)のみによって展開が変化するもの」を指し、他方で「SLG」と称する場合は「この意味でのAVGではなく、なんらかの独自システムを持ち、そのシステムによってイベント表示(たとえば戦闘表現)や展開変化(たとえば戦闘の勝敗によるルート分岐)が為されるもの」を意味する。「AVGパート」「SLGパート」と言う場合にも、この特殊な定義を前提としている。

 具体的に挙げると、まずユニットに関しては、明確なキャラクター個性を与えられた部隊が存在する(名称変更不可能な味方部隊は計14部隊)。これらは、ただ単にSLGパートの機能的存在として、大将ユニット(アルイエット隊、ジン隊)であったりミッションクリア条件(キューベル隊、リディア隊)であったりするだけではない。後述のように、戦術マップや戦闘マップにおいて様々なテキストイベントを発生させる物語的存在としての意味合いをも担うものである。また、軍団や部隊のさまざまなアクション(移動、スキル使用、ダメージ、部隊壊滅)に際して音声が再生されるが、それらは攻撃の掛け声や部隊壊滅の悲鳴のようなSE表現だけではなく、「粉砕します」「花が散るねえ」「静かに攻撃でござる」のような台詞である場合もある。すべてのユニットに固有名詞があるというほどではないが、総じてユニットのキャラクター性を色濃く表現するものとなっている。しかも、ヘックス戦闘に際しては、戦闘に特定の部隊が参加している場合に、戦闘の開始時または終了時に数行のテキストが表示されることがある(――こちらも、キャラクター数及びそれらの組み合わせに応じて、多数のテキストが準備されている)。ただし、5ターンの戦闘の最中には、(例えば特定部隊が特定部隊を攻撃しても)テキストイベントが発生することは一切無い。

 また、エリアマップにおいても、軍団移動の際にリーダー(軍団長部隊)に応じて様々な音声が出力され、また地域活動の際には参加部隊に応じて様々なイベントが発生し得る(――たとえばケーニス隊を含む軍団が「森」や「村」で、またリディア隊を含む軍団が「街」で、トール隊が「村」で、それぞれ地域活動をした場合)。自軍軍団(または特定の部隊を含む軍団)が特定のエリアに到達することによって発生するイベントも、多数準備されている。さらに、ターンが切り替わる際にも、各種のイベントが発生することがある(――増援出現や敵軍移動開始、マップダメージ[砲撃やドラゴン]、ランダム移動、ミッションクリア、様々なテキストイベント、等々)

 このように特徴に鑑みていえば、本作はけっして純粋な軍事シミュレーションであることを目指すものではない。一方ではキャラクター性を重視した演出が随所に現れるし、また他方でパティキュラーなイベントがSLGパートの動向帰趨に対して少なからぬ影響を与える(例えば「乱れる川」、「ギュンギュスカー商会の依頼」、「霧の迷宮」)。全体的にみて、SRPG的傾向は明らかであり、あるいは少なくとも、合理的に計算乃至予測しえない要素が多数関係してくる。

 (b)しかしこのような特徴は、本作をSLGとして評価する場合にはどちらかといえば消極的に作用する。一方ではウォーシムとしては、純粋な戦術的要素以外の考慮要因が混入してくるという意味でその「不純さ」が指摘されるし、他方でSRPGとしては、そのキャラクター性表現が弱いという意味でその「不徹底さ」が批判されうるだろう。

 とりわけ問題となるのは前者の側面である。しかもそれは、SLGの純度という価値的問題だけでなく、より具体的な影響をももたらしている。なかでも、戦術マップ(エリアマップ)と戦闘マップ(ヘックスマップ)という中途半端な二層システムに、それが現れているように思われる。本作において、ミッション中のテキストイベントは基本的に戦術マップでのみ生じ、他方で戦闘マップでは、特別のイベントはほとんど生じない(――あるとしても、戦闘の開始及び終了時のわずかなテキストばかりである。例外は、クリア条件となっている敵部隊の撃破と、ルティモネ逃亡のみである)。バトルミッションをこのように二層化したことは、ことによるとイベント組み込みのための処置であったかもしれない。というのも、「一つのミッションが一枚の大きなヘックスマップ上で扱われ、個々の戦闘行為はオート進行で機能的に処理される」という、より一般的なウォーシミュレーションの形態では、イベントの組込み及び管理がいっそう困難になるからである。それゆえ(?)本作は、そのような一般的形態を採らず、エリアマップとヘックスマップとを分割することによってイベント組込みの問題を解決している。
 しかしながら、一方でエリアマップの移動は、エリア数の少なさゆえに大雑把なものとなり、また敵支配エリアをも素通りできてしまうために、戦略性の乏しいものとなっている。また他方でヘックスマップでの戦闘は、各戦闘が5ターンごとのまとまりで完全に切断されてしまい、かつ部隊配置もスキル使用回数も毎回リセットされてしまうため、これまた複雑な戦略性を喪失して矮小化されている。他社作品と比較するとき、このような階層的戦闘システムの問題性はいっそう際立つ。たとえば、より一般的なウォーシミュレーション(例えば『大戦略』)においては、ヘックスマップそのものが大規模であるため、補給や索敵といった要素をも取り込むことが可能になっている。また、同じように階層構造的戦闘表現を持つウォーシム作品と比較しても、例えば『ギレンの野望』では、エリアマップに収入額や部隊生産の要素が関わっており、進行ルートの問題としても重要な戦略性を担っていた。また『ギレン』のヘックスマップは比較的広大であり、かつ戦略ターンを挟んでも直前の戦闘状況のまま継続されるため、粘り強い戦術表現を可能にしている(――ただし、そのためには相当の制作規模が要求されたであろうが)

 また、実際の部隊運用がネームドユニットを中心としたごく少数の部隊で済まされてしまうという点は、おそらくキャラクター性表現の副次効果である。出撃部隊が比較的少数に抑えられているのは、クリック回数の負担を軽減する趣旨もあったろうが、それだけではない。ランクアップの効果はネームドユニットの方が大きく、しかもランクアップのための必要経験値がけっして小さくないという事情が、少部隊出撃を要求している。しかも戦闘経験値はユニット個々にのみ帰属する(つまり、経験値が同種部隊で共有されて部隊転換を促すというようなことが無い)ことも、この事情に拍車を掛けている。その結果として、強力なネームドユニットのみで主力軍団が十分賄われ(出撃必須部隊によって出撃可能部隊が圧迫されすらする)、大規模かつ組織的な部隊運用も必要とされず状況ごとの部隊再編も必要でないという本作のゲームバランスが帰結している。

 本論を外れるが、さらに――ゲームの難易度設定に起因することであろうが――ヘックスマップにおけるZOC(「隣接制限」)を選択制にしたことは、ウォーシミュレーションに対する定見の無さと取られかねないし、また上述のとおりエリアマップにおいて敵軍支配エリアを無条件に通過できてしまうことは、本作の看過しがたい欠陥である。

 結局のところ本作のSLGパートは、本格派ウォーシミュレーションとして十分に評価されるものではない。しかし、そのことは、本作の意義を全面的に損なうものであるとは限らないだろう。第一に、そもそも、現在の国内PCゲームのこの分野――俗に「美少女ゲーム」と呼称されるジャンル――において、キャラクター性表現に配慮することはほとんど不可欠的な要求である。そしてそのうえで双方の要求を一定水準で満たしているという事実は、評価されてよい。すなわち、一方では、戦争SLGでありながらこれほど充実したAVGパートを具備しているものは稀であり(cf. 本章3節、しかも上記ミッションシステムのおかげで、AVGパートがSLGパートを妨げることがほとんど無い。また他方でアダルトゲームとしては、これほど本格的なシステムを表現している――しかもバグも僅少である――ものは、(皆無ではないが)けっして多くはない。
 このような視座から本作を評価することが、作品享受姿勢として適切であるかどうかは、各プレイヤーの判断に委ねられる。しかし、このようにSLGパートとAVGパートを両立させようとするアプローチとして本作を捉えることは、一つの可能な見方であり、しかも不当な見方ではない。この点に関して、制作者自身の言葉を参照してみよう。

ソフトハウスキャラでいうゲーム性とは、ユーザーを楽しませる事です。(…)次に、ユーザーをどう楽しませるかです。美少女ゲームですので、基本は絵とシナリオで楽しませる事です。あとは、その絵とシナリオをいかに楽しんで貰うかです。その絵とシナリオを全面に押し出したのがAVGです。ソフトハウスキャラでは、絵とシナリオを楽しんで貰う為に、SLGを選択しています。
※――「劇場レボリューション+」第一回記事。「電撃姫」2004年10月号、別冊五頁。なお、同人誌『劇場レボリューション+(PLUS)総集編』(サークル「珠手箱」、2006年初期発行)、五頁に同旨。

この見地に鑑みて、絵とシナリオを基軸としてプレイヤーを楽しませるという趣旨を本作が十分に実現していることは、たしかに認められるであろう。模範的なウォーシミュレーションシステムを作り上げることは、本作の第一義の目標なのではなかったかもしれない(――少なくとも、それを十分に達成したわけではない)。しかし、SLGパートとAVGパートの相補的な総体としてみた場合には、その量及び密度は確かな評価に値する。そしてこの点において、つまりSRPGとしての一定の品質を達成している点において、『王賊』はまぎれもなくソフトハウスキャラの作品であり、ソフトハウスキャラらしい作品である(――なお、この点は本章3節a号においてミッションシステムとの関連で再び取り上げる)

 (c)前節では、一般的なウォーシミュレーションとのシステム比較から『王賊』の特質について概観した。SLGとしての発想の古さとシステム掘り下げの浅さはあるものの、キャラ社なりの独自のゲーム性理念に基づく回答だと思われるものが指摘された。本節では、この一般的な理念(方針)レベルから一歩踏み込んで、より具体的なイベント設計のアプローチ(方法論)のレベルで、本作のシステムを検討してみたい。そしてそのことは、対外的比較ではなく対内的比較の視座から、つまりキャラ社作品の一つとしての『王賊』の特徴を再考することにもなるだろう。

 上記のように本作における「絵とシナリオ」に着目する場合には、二つの局面が主として問題となる。それは、一方ではAVGパート全体をひろく制御しているミッションシステムの次元であり、また他方で戦闘ミッション中のエリアマップにおいても大小様々なイベントが展開されている。前者については第3節で論じるとして、ここでは主にエリアマップにおけるイベントについて検討するが、この観点から見ると、本作のミッション中イベントはたいへん豊富かつ多様である。

 まずミッション目標(クリア条件)としては、 特定部隊撃破、敵軍団全滅、特定エリア占領、特定エリア保持のほか、全エリア占領(「盗賊探し」「海を渡って」)、特定エリア到達(「撤退」「工業都市ワーン」)、味方NPC護衛(「補給路の確保と魔物退治」)、敵本拠発見(「ノイルでの盗賊退治」「反乱制圧」)、策発動(「乱れる川」)、そして各種謎解き(「魔法の森」「森の住人の頼み事」「ギュンギュスカー商会の依頼」)がある。さらに、ミッション経過中に発生するイベントは、味方側増援と敵側増援が代表的なものであるが、そのほかにも移動時会話や合流時会話(「奈宮皇国へ援軍」「死闘のハルビッシュ要塞」など)、敵移動開始(「補給路の破壊」「難攻不落要塞クールン」など)、敵軍団復活(「三つの砦」「飛竜探し」)、敵軍撤退(「クルガ奪還」「クングール攻防」など)、見えない敵(「海賊退治」「元ビルド貴族の悪行」など)、伏兵出現(「撤退」「抵抗する者達」)、見えない通路(「旧神楽家領国」)、通路発見(「ノイル王国への援軍」)、通路封鎖(「乱れる川」「ギュンギュスカー商会の依頼」)、ユニット消滅(「ノイルでの盗賊退治」のルティモネ)、マップダメージ(「レッドウォール」「ドラゴンの居る山」「文化都市ウィル」)、門の開閉(「ヴィスト王国の終焉」)があるこれらのほか、特定部隊を含む軍団で「地域活動」を行った際にも、多数のイベントが発生する。
※――ちなみに、戦闘の形態も様々である。平地での野戦を行うミッションでは、しばしば敵対味方の活動回数が多く設定されており、大部隊同士の会戦が生じる(たとえば「平原での激突」)。他方で森エリアばかりのマップでは、軍団の移動が制限され、また森林での遭遇戦が増える(「霧の迷宮」ほか)。いずれかが「街」エリアを拠点とする場合には、市街戦も発生する(ビルド地方など)。攻城戦(ハルビッシュ、クールン)もあれば、籠城戦(荒鷲、凪原砦)もあった。ハルビッシュ要塞とマックラー砦の間には、大掛かりな陣地戦模様も成立した。侵攻するだけでなく、撤退戦も発生した(「撤退」)。山岳戦や砂漠戦も、数は少ないが、存在する(クングール、飛竜探し)。洞窟戦(!)すらある。敵軍背後への遊撃戦を仕掛ける場合もあり(「海を渡って」、補給路への攻撃)、逆に遊撃的攻撃を受けることもある(「反乱制圧」など)。「王虎」さながらの奇襲を再現してみせたミッションもあり(「三つの砦」)、逆に敵側伏兵から急襲されることもあった(「クルガ攻防」)。ただし、システムの都合上か、夜戦は無かったが。

 通常の戦争SLGであれば勝利(撃破、制圧)のみが目標とされるところであるが、本作においては、総計53もの戦闘ミッションの中には多数のイベントが埋め込まれており、そのため本編中の展開は多様性に富んでいる。そしてこの点において、本作における戦争SLGという形態は、「絵とシナリオ」を楽しませるための道具立てとして十分に機能していると言ってよいだろう(――本作におけるその頂点が、「死闘のクングール」ミッションにおける主力部隊到着の瞬間である)。また、戦闘表現として見ても、『真昼』『DC』など同社旧作におけるミッション遂行は比較的簡素なオート進行によって処理されていたのと比べれば、本作におけるミッション遂行の過程は、はるかに複雑緻密で大規模なものになっている。そして、自軍ユニット(軍団/部隊)を任意に操作することによって、プレイヤーはそれら様々なイベントを発生させたりさせなかったりすることができる。しかもその際に、SLGパート全体が比較的「硬く」確立したシステムであることも、イベント制御にとって好都合に作用している。結局のところ、ウォーシムという確立したシステムを枠組として利用しつつも本質的には(キャラ社お得意の)イベント探し遊戯である、というのは本作の一つの見方であろう。

 このように、一定のゲームシステム(またはフラグ構造)をして個別イベントを組織化するフレームワークとして用いつつ、その中に大量のイベントを投入していくという方法論は、同社旧作にもしばしば見られるものである。たとえば『アルフレッド』は魔力回収システムを基礎として、その中で学園生全員を攻略させるものであったし、また『グリンス』も都市計画SLGの枠内で、学園において生じるあらゆる状況を表現していた(cf. 11章1節。『海賊』における船舶襲撃システムや『LJ』におけるコイン配分システムも同様である。次なる新作『ウィザーズ・クライマー』も、セリスのパラメータを条件としてイベントが展開していくものと予想され、もしそうであるなら同様の観点で把握することができるだろう。そして『王賊』の中にも、このようなキャラ社の伝統に棹さすアプローチが見出される。ロンゼンの撤退、ネイ捕縛、ケーニスの襲撃、火山軍団との遭遇、セルバイアンの狼狽、ジンの秘策、キューベル公爵の増援、そしてアルイエットの成長からカーディルとの対決に至るまで、実に多くのことがらがこの階層的戦闘システムの中で表現されている。
 本作の戦闘システムについてこの観点を強調する場合には、さきに本節b号で述べた「階層的戦闘システムの問題」は、必ずしも欠陥とは言えない。ヴァリエーションに富んだ多数(53個!)の戦闘ミッションをプレイヤーに実行させるに際しては、もしも個々の戦闘ミッションが過度に煩瑣なものであると、その作業負担の大きさによって、ミッション中の様々な出来事を享受するのが妨げられてしまう。本作が比較的簡素な戦闘システムを採用しているのは、プレイアビリティへの配慮として評価することができる(cf. 7章1節b号

 しかも、本作における創造性は、AVGパートのためのSLGパートという側面だけではない。上述したような、戦闘システムにおける多様性は、むしろ本作のSLGパートそれ自体としての豊かさを保障するものである。所与のシステムに含まれるポテンシャルを汲み尽くし、可能なかぎりの多様性を創出しようとする試みは、とりわけ『うえはぁす』を想起させる。さきに述べたように、『うえはぁす』もまた、マップ移動型ボードゲームの枠内で、考え得るかぎりの可能性を追求する野心的作品であった(cf. 2章1節が、『王賊』における多様性創出もこれに比肩するものだと評価してよいだろう(――なお、『うえはぁす』と『王賊』がともにマップ移動システムを採用していることは、偶然かもしれないが、興味深い事実である)。しかも本作は、精緻化された戦闘システムのおかげで、多様性創出を自由度提供と両立させすらしている。プレイヤーに対する自由度提供については、これもすでに論じたとおりである(とりわけ『南国』について。cf. 9章1節が、本作もまた、SLGパートの進行過程に際して大きな裁量をプレイヤーに提供している。このように展望するとき、本作はこれまでのキャラ社の活動すべての上に成り立っていることが見て取られる。作品毎に大きく異なったシステムを試みているキャラ社であるが、その都度の成果をけっして放棄しているわけではない。私見では、むしろ過去の試行錯誤をふりかえり適切にフィードバックしてきたブランドであり、そしてその蓄積があるからこそ、本作の成功が成し遂げられたのである。

 なお、このような視点を、ふたたび他社作品との比較に向けてみることもできる。そして、多様性創出と自由度提供とを実現している点において、『王賊』はSRPGの中でのオリジナリティ(個性、独自性)をたしかに表明している。また同様に、前作『グリンス』は都市計画SLGの中に多くのイベントを盛り込んでみせて、キャラ社らしいムードをたしかに表現してみせた。また『南国』に際しても、プレイヤーは名高い他社作品の存在を意識させられただろう。このように見てくるとき、近年のキャラ社は、既成のシステムに対して(あるいは既成のシステムの中で)独自の回答を試みているようにも思われる。
 さらにこの見方は、『ブラウン』『LJ』『巣作り』の一連のリメイク(cf. 中間考察にも敷衍され得る。すなわち、自社作品の中でのシステムリファインの試みは、『南国』以降のより広い文脈への挑戦に先立つ腕試しであったと位置づけることができる。そしてこの助走は、――これまで検討してきたとおり――確かにその後の大きな飛躍を促すものとなった。

 ただし、付言しておくと、残念ながら本作は完全な成功を果たしたわけではない。いくつかの瑕疵は指摘できるし、また技術的経済的制約に由来する限界もある。たとえば、本作のSLGパートにおける多様性創出の試みは、プレイヤーキャラクターにとっては受動的なイベント発生に大きく傾斜している。PCがストーリー上積極的能動的な活動を起こすミッション中イベントは、「乱れる川」のみであり、それ以外のほとんど――増援や罠――は敵側が準備するものばかりである。戦術上の「軍師様総受け」ぶりは、制作者が意図したジン=アーバレスト像ではなかったかもしれないが、結果的にはそのようなものになっている。もっとも、イベントフラグをプレイヤーが理解していれば、敵軍の策を躱しつつ敵軍本拠を急襲占領していくことによって、「王虎」の戦いぶりを再現することも可能であるが。

 また、ウォーシミュレーションとしてみると本作の難易度はかなり低い。「ソフトハウスキャラ総合wiki」にも書かれているように(参考リンク「王賊/縛りプレイ」、また筆者が試みたように(別項「『王賊』プレイレポート集」を参照)、相当の制約を課してもゲームクリアに支障は生じない。もっとも、このことは、上述した自由度提供の裏面でもあろう。プレイスタイルによっては、最初期からの部隊をひたすら強化していくこともできるし、新開発のユニットに乗り換えていくこともできる。子飼いのルカ隊とトール隊を積極的にリーダー起用していくこともできるが、そうしなくても十分クリアできる。魔物部隊がイメージにそぐわないと考える者は、魔物部隊を使用しなくても構わない。さらには遭遇戦や周回を重ねれば、強力な戦力で敵軍を粉砕してまわることもできるようになっている。

 ミッション中のイベントに関しては、画面演出の乏しさが指摘されるだろう。ミッションの最中にイベントCG(一枚絵)が表示されることがあるのは、「死闘のハルビッシュ要塞」と「ヴィスト王国の終焉」のみであり、また、アニメーション演出があるのは、「乱れる川」「レッドウォール」「ギュンギュスカー商会の依頼」「ドラゴンの居る山」「ボルゾ攻防戦」「ヴィスト王国の終焉」くらいのものである。これらは技術力や企画能力の問題ではなく、ただ単純に経済的限界(制作コストの問題)でしかなく、そしてそれゆえにこそ、才能のみによっては克服困難である。

 そもそも一般的に言ってAVGに対するSLGの利点の一つは、あらかじめ準備されたパーツを組み合わせることによって多様な状況を効率的に表現することができるという点に存する。キャラ社作品における多様性創出の制作方法論は、まさにそうしたSLGの特質を活用するものであろう。しかし、近年のキャラ社作品に関しては、そのようなSLGの利点が必ずしも活かされていないようにもみえる。例えば、『ブラウン』以降の作品ではチップアニメによる動的演出が盛り込まれており、それらは視覚効果としてたいへん優れているが、しかしそこには大きな制作労力が要求される。また、本作に関していえば、敵軍を配置するのにも、少なからぬ手間が掛かっているであろう。別掲のデータ「『王賊』ミッション出現ユニット一覧」で示したように、本作に登場するNPCユニットは、軍団数にして783、部隊数にして3082にものぼる。これらのユニットの初期配置(出現条件)、行動パターン(およびその変化)、ランク及びスキル、そして各種イベントフラグを一つ一つ設定するのは、けっして簡単なことではない。近年のキャラ社作品における演出拡充傾向は、受け手としては歓迎すべきであるが、しかし大規模化に伴ってシステムに小回りが利かなくなる可能性が高まっているように思われる。そのことは制作期間にも如実に反映されており、本作の制作期間(前作発売からの間隔)は丸1年にも及んでいるし、新作『ウィザーズクライマー』の発売間隔も11ヶ月である。これからのキャラ社作品ユーザーは、大作化(=寡作化)につきあっていくことを余儀なくされるのであろうか。
註) 私見では、SLG形式のアドヴァンテージは、少なくとも三点挙げられる。(1)一つは、本文で述べた点、すなわちいくつかのパーツの組み合わせによって多様な状況を効率的に表現できることであり、(2)もう一つは、そのシステムの枠内で比較的大きな自由度をプレイヤーに提供できるという点であり(この点につき9章1節d号を参照)、(3)第三に、その都度設計されたシステムの下で、多元的なフラグ操作が可能になるという点がある。しかし、新たなパーツを準備するにはコストが掛かり、またゲーム内容がその都度のシステムに拘束されるという制約があり、そしてフラグ管理が複雑化する。他方でAVG形式(とりわけテキストアドヴェンチャー)の長所及び短所は、その逆である。すなわち、AVG形式の最大の利点は、ゲーム内容が所与のシステムに制約されず、およそ文章で記述しうるかぎりあらゆる事柄をあらゆる形態で自由に取扱うことができるという点に存する。たとえば観念的(非具象的)対象を扱ったり、叙述の時間的順序を自由に前後させたり、登場人物の内面描写に踏み込んだりし得るのは、いずれもこの利点の一部である。ただし、その欠点としては、(1')その都度その都度の状況を一々叙述しなければならないという問題がある(それゆえ、たとえば何百回と繰り返される戦闘のような定型的活動を表現するには非効率であり不向きである)。また、分岐を設ける場合について、(3')AVGのフラグ操作は基本的には選択肢のみに依存し、なおかつ(2')制作者が準備した固定的な分岐パターンしか生じ得ない(裏を返せば、それらの分岐のすべてのパターンのすべてのテキスト及びスクリプトを、あらかじめ完全に叙述していなければならない)。→本文の該当箇所に戻る


 (3)さきに本章第1節で述べたように、本作はミッションシステムによって包括的に制御されており、それゆえ、独自の地位をもつAVGパートというものは事実上存在しない。プロローグも、最初に一度読んで以降は本編から除外される仕様となっている(『南国』以来のスタイル)。オープニングを見るか否かの選択と、エンディング後に部隊引継ぎを行うか否かの選択を別とすれば、作中の展開にとって有意味な選択肢――換言すれば、本編進行中の内容変動に関わる選択肢――はただ一つ、「ギュンギュスカー商会の依頼」をクリアした報酬として何を受け取るかという選択のみである。そしてゲーム「内容」の変動は、もっぱらミッション選択と、ミッション中のユニット操作とによって生じる。このように、SLGパート主導でゲーム全体を管理しつつその中にAVGパート(テキスト進行)を埋め込んでいくという方法論は、同社の一貫したアプローチである(cf. 6章4節及び7章2節d号

 (a)本作で開陳されるストーリーの本筋それ自体は、とりたてて斬新なものではない。大きなルート分岐が基本的に存在しないのは、同社作品の通例である。終盤の展開は、部分的には『DC』のやり直しのようにも見受けられる。主人公の前歴に曰くがついているのも、同社作品の例に倣っている。軍事面の表現は主としてSLGパートに委ねられており、テキスト上では折に触れて戦局全体が言及される程度である。政略面の描写も、最初のミッションで模範演技を一つ示してみせただけで簡単に切り上げられている。他方で脇筋の物語は、常にも増して充実している。随意ミッション78個(青色ミッション32個、黒色ミッション46個)は十分な数であり、しかも発見困難なミッションはほとんど無いためプレイヤーに掛かるストレスはきわめて小さい。明確な本筋に多数の枝葉が付いている全体構成は、同社旧作でいえば『海賊王冠』にやや近い印象を受ける。

 そして、本作の特長の一つは、まさにこの脇筋のイベント群が量質ともに充実しているという点にある。とりわけアダルトシーンは、本作の全55シーンのうちの大半(47シーン)が、随意ミッション(青または黒ミッション)に割り振られている。本作のようにSLGパートとAVGパートとを組み合わせたゲームの場合には、このような割り振り方はたいへん都合がよい。というのも、これら脇筋を進めるかどうかが各プレイヤーの自由裁量に委ねられているため、SLGパートの進行テンポを重視するプレイヤーにとっても、AVGパート(アダルト性要求)をも期待するプレイヤーにとっても、各自の関心に応じたゲーム進行を採用することが可能だからである。この自由裁量は、単線的にのみ進行するテキストアドヴェンチャーにおいては実現困難なものであり、ミッションシステムに立脚する本作ならではのアドヴァンテージである。しかも、(1)それぞれのミッション(=イベント)は、「赤」「青」「黒」の3種類に区分されることによって機能的に整理されており、また(2)ミッションタイトルが表示されることによって、プレイヤーが各ミッションの趣旨をあらかじめ理解したうえで選択し読み進めることが可能であり、さらに(3)上述のように随意ミッション(=脇筋イベント)に大きな量的比重が与えられることによって、プレイヤーの自由度がいっそう高められている。各プレイヤーは、一つ一つのミッションを丹念に享受してもよいし、ひたすら本筋を追いかけてもよい。また、2週目以降のプレイなどで脇筋を一々読み返したくない場合には読まなくともよい(――しかも、随意ミッションを実行しないことによるSLGパート上のデメリットは比較的小さい)。SLGパート進行との関係でも、ミッション実行の順番が比較的自由なため、たとえば困難なミッションを後回しにしてユニット育成に努めるといったこともできる。いずれにせよ、読み手にとってたいへん好都合なシステムであると言える。

 ここにおいて、ミッションシステムはその特長を最大限に発揮している。ミッションシステムは、さきに述べた(cf. 本章1節ように、SLGパートの基礎としては常に有効なものとは限らないが、しかしSLGパートとともにAVGパートを管理する仕掛けとしては、たいへん融通の利く、利便性の高いシステムである。旧作のシステムに鑑みていえば、『グリンス』における「学園の様子」「国の様子」や『DC』における「アナザーストーリー」を本編に組み込むとしたら、まさに本作(例えば「軍師の日々」)のような形態になったであろう。この観点からすると、『真昼』『DC』の依頼書システムはイベント配置システムとしてはいまだ不徹底だったのであり、『王賊』はいっそう洗練されたシステムになったのだ、と言うこともできる。

 ただし、注意しなければならないのは、プレイヤーに対して自由度を提供しようとするとき、他方で「生じ得るあらゆる状況に対して、矛盾のない叙述となるように、多くの点で未決状態が維持されねばならない」という拘束が制作者に課せられてしまうという点である。これはミッションシステムに限らず、およそゲームの自由度を高めようとする場合に生じてくる困難であり(cf. 8章3節a号、しかもこれは精緻なフラグ設計と正確なテキスト管理の労力によってしか克服され得ない。現在我々キャラ社作品プレイヤーが享受している「自由度」と、その自由な行動に対するゲーム内「リアクション」の見返りは、おそらく多大な制作労力の上に成立している。本章の最初で述べた空間的不確定性の問題も、この自由度の代償である。

 (b)本作のAVGパートの第二の特徴として、アダルトシーンの質的充実が挙げられる。前項で述べたように、本作には総計55ものアダルトシーンが含まれているが、これは現在の国内PCゲームの一般的水準に照らして、おそらく平均以上の数字である。一般に、アダルト要素を強調していない作品ではその種のシーン数が一桁であることも稀ではない(『いつか、届く、あの空に。』はわずか3つ)し、他方でアダルト要素を重視する作品でも50シーンを超えるものはそう多くはない。筆者の手許のデータで見るかぎり、現在のPCゲームにおけるシーン数の平均値はおそらく30強程度である。

 そうした中にあってキャラ社は、AVG以上に工程を要するSLGを制作していながら、――とりわけ『LJ』以降で――アダルト要素に大きく注力してきている。具体的に作品毎のHシーン数を挙げると、『LJ』56、『巣作り』67、『南国』82、『DC』70、『グリンス』81、『王賊』55、となる。ただし、周知のように、キャラ社のアダルトシーンには極度に短いシーンや描写の簡素なシーンが多数含まれるため、これを額面通りに他社作品と比較するのは妥当でない。最も極端な場合には、アダルトシーンにおいてテキストが一切表示されず、カットイン的にCG(と音声)が表示されるのみ、という事例も存在した(『葵屋』『アルフレッド』)。しかし、それらの事情を考慮してもなお、同社作品のアダルトシーンが量的に充実しているのは確かである。

 このような量的充実は、例えば攻略人数に照らしてみても確証される。下記表2aを見れば、かなり初期の段階から、同社が攻略キャラクター数の増加に努めてきたことが解るだろう(――中には『ブラウン』や『南国』のような例外もあるが、前者は新婚家庭を舞台としたものであるし、後者は閉ざされた孤島を舞台としているという事情があるため、攻略人数が少なくなるのは止むを得ない)。そして本作においても、主人公ジン一人が22人ものヒロインを相手にしていることになる。近頃でも珍しいほどの多人数攻略ぶりである。

 表2a:各作品の攻略キャラクター数(前記表2に『王賊』のデータを追加して再掲したもの)
作品名攻略人数ED人数Hシーン数
『葵屋まっしぐら』7人7人8個
『うえはぁす』10人7人11個
『海賊王冠』28人5人62個
『真昼に踊る犯罪者』30人5人48個
『アルフレッド学園魔物大隊』43人2人90個
『ブラウン通り三番目』7人2人20個
『LEVEL JUSTICE』19人2人48個
『巣作りドラゴン』13人7人58個
『南国ドミニオン』6人6人76個
『Dancing Crazies』11人4人66個
『グリンスヴァールの森の中』21人5人77個
『王賊』22人3人50個
※――「攻略人数」は、本編中にその種のイベントがある女性キャラクターの数。ここではおまけシナリオや作中作は除外している。「ED人数」は、固有のエンディングを持つキャラクターの数。ただし、それぞれのエンディング内容をどう評価するかによって、この人数カウントは多少変動しうる。「Hシーン数」は、作中作を除外しているが、おまけシナリオの一部(『DC』のifイベントなど)は算入している。なお、極端に短いシーンも含む。

 本作のアダルトシーンに関しては、さらにもう一つの特徴がある。これまでキャラ社作品においては、複数のシーンで同一のイベントCG(つまりHCG)を使用することが頻繁に行われていた。しかし本作においては、同社作品としては珍しく、そのようなCG使い回しをほぼ完全に廃止している(エンディングは除く)。このことによって本作のアダルトシーンは、密度感を増し、そして(以前から言われていたような)アダルト要素の希薄さを、質的側面においても克服している。
※――ただし、CG使い回しの廃止は、常に効果を挙げるとは限らない。むしろCGを使い回してでも、ヒロインたちとの交情を繰り返し手厚く描写するという従来のアプローチにも、一定の積極的意義があるからである。実際に、CG使い回しを自ら禁じた(と思われる)『王賊』と、CG使い回しを行っている同社旧作群とを比べると、アダルトシーン総数は明らかに目減りしている(――それでも一般的水準からすれば十分に多いのだが。ちなみに『LJ』の56シーンは、『王賊』とほぼ同等の規模であるが、こちらもCG使い回しをほとんど行っていない作品である)。裏を返せば、『王賊』においてはCGの使い回し禁止がシーン数を制約したものと思われる。
 このように、CG密度を採るかシーン数を採るかはおそらくトレードオフの関係にあり、そして双方のやり方に一長一短がある。一般的に言ってSLGは、とりわけ比較的定型的な活動を繰り返し表現するのに適しており、かつ実際にも定型的活動を何度も表現している(たとえば『DC』や『巣作り』における戦闘、『ブラウン』における販売活動など)のだが、そうした反復的な表現を視覚的に補充しようとする場合には、イベントCGを一定程度使い回しすることは止むを得ないであろう。しかしアダルトシーンにおける使い回しを排除することは、プレイヤーに対して常に新鮮に刺激を与えるという意味で、使い回し禁止に見合うだけの積極的効果が期待されるのも確かである。

 ちなみに、素材密度に関していえば、本作では背景CGも潤沢に準備されており、また前作『グリンス』には欠けていたモブ立ち絵に関しても、本作ではグラフィッカー笠懸えびら氏の手により多数が描かれている。全体的にみて、視覚表現における不足はあまり感じられない(――ただし、ほとんどのキャラクター立ち絵は固定姿勢・固定服装のままであり、まして『明日の君と逢うために』『片恋いの月』のような立ち絵の動的演出などは行われてないが)。音声表現に関しても、SLGパートについてたいへん豊かな音声演出が伴われていることはすでに述べたとおりであるし、そもそも参加声優を25人も起用しているというのは、国内PCゲームにおいては異例の多人数である。とりわけ男性声優が充実していることも、喜ばしい。
※――国内PCゲームにおいて、管見のかぎり参加声優人数が最も多いのは、男女総勢54人もの声優が参加している『聖なるかな』である。alicesoftやeushullyなどのSLG作品は、登場人物が多数にのぼるため、それに応じて参加声優も増える傾向がある。しかし、ブランド毎のキャスティング方針は様々であり、兼ね役を多く当てているブランドもあれば、端役にもそれぞれ別個の声優を配するというブランドもある。主人公にまで声を付けるところもあれば、男性キャラクターはヴォイス無しというものもある。低価格作品の場合には参加声優が1人または2人という場合も稀ではないし、フルプライス作品でも4〜6人(つまりヒロインの人数分のみ)という作品が大多数であることは、あらためて言うまでもない。「ErogameScape」などで調べたところ、声優人数の多い作品を並べると以下のようになる(表6を参照。ただし、網羅性はまったく保障されないし、また数字が正確でない可能性がある)。またソフトハウスキャラ各作品の出演声優人数は、『DC』の26人を筆頭に、『王賊』(25人)、『グリンス』(20人)の順になる。最新作『Wizard's Climber』も、19人の声優がクレジットされている。
 追記。SQLを利用すると、より正確なデータはこのようになる。
表6:出演声優数の多い作品
『聖なるかな』xuse2007年54人
『マブラヴ オルタネイティヴ』age2006年52人
『マブラヴ』age2003年44人
『青空がっこのせんせい君。』すたじおみりす2007年38人
『GALZOOアイランド』alicesoft2005年35人
『英雄×魔王』Escu:de2005年33人
『Maple Colors』CROSS NET2003年30人
『ぱすてるチャイムContinue』alicesoft2005年29人
『まじれす!!』すたじおみりす2004年29人
『恋姫†無双』BaseSon2007年27人
『Sacrifice』Rateblack2001年26人
『友達以上恋人未満』Studio Mebius2004年25人
『殻ノ少女』Innocent Grey2008年24人
『Bullet Butlers』propeller2007年23人
『白銀のソレイユ』SkyFish2007年23人
『鉄腕がっちゅ!』すたじおみりす2004年23人
『Aster』RusK2007年22人
『超昂閃忍ハルカ』alicesoft2008年22人
『ニセ教師』Nomad2008年21人
『幻燐の姫将軍2』eushully2003年21人
『峰深き瀬にたゆたう唄』eushully2006年20人
『戦女神ZERO』eushully2008年20人
『ジュエルスオーシャン』Escu:de2004年19人
『うさみみデリバリーズ!!』すたじおみりす2003年19人

『Dancing Crazies』ソフトハウスキャラ2005年26人
『王賊』2007年25人
『グリンスヴァールの森の中』2006年20人
『Wizard's Climber』2008年19人
『アルフレッド学園魔物大隊』2002年18人
『LEVEL JUSTICE』2003年17人
『巣作りドラゴン』2004年17人
『ブラウン通り三番目』2003年12人
『南国ドミニオン』2005年11人
『真昼に踊る犯罪者』2001年10人

 ともあれ、豊富かつ多様なアダルトシーンが用意されることによって、本作のタイトルの意味するところが体現されている。勝ち進んでいく国家の軍師となって、各国の姫を蹂躙してまわるという、すなわち「女たちを(ぬす)む」主人公の姿が。

 (c)さて、本作の主人公ジン=アーバレストは、人物造形においても作中の役割においても、キャラ社の過去の主人公たちの特徴を多くの点で踏襲している(cf. 1章3節3章4節4章4節5章4節。しかし、国家の命運と自身の執着とを賭けた全面戦争という切迫した状況にもかかわらず、旧作に増して不真面目な言動が目立ったのは、作品の印象に関わる問題であろう。私見では、この問題は、本作においていわゆる「ツンデレ」キャラクターが不在であることに起因するのかもしれない。一般にツンデレとは「好意を素直に表明できず、一見攻撃的に振舞ってしまう人物像」と理解されているようだが、ここで問題としているのは「素直でない」という部分(すなわち、それ単体としての魅力に関わる部分)ではなく、「主人公に対して攻撃的、権威的、命令的、抑圧的に振舞う」という部分(すなわち、主人公との関係に関わる部分)である。これまでキャラ社作品においては、第1作『葵屋』の奥山綾葉から、金髪トリオ(羽賀ゆい氏演じるところのマーチェリッカ、キリッサ、リュミス)、そして『グリンス』のヴィヴィに至るまで、ツンデレに分類されるであろうキャラクターが数多く登場している。そして彼女らの攻撃的、権威的、命令的、抑圧的な行動はしばしば、主人公の放恣な行動を掣肘する作用を果たしてきた。例えば奥山綾葉は葵屋出資者の立場から、葵恭介に対して葵屋の経営再建をけしかけるし、『ブラウン』のマーチェリッカは実力派同業者として、主人公ジャックにさまざまな刺激を与える。『LJ』において魔将キリッサは、同僚同士でありながら主人公Dr. ヘルナイトと反目しあう間柄であるし、『グリンス』の教師長ヴィヴィアンは、主人公クライスに代わって学園運営を取り仕切っている。そしてなかんずく、主人公ブラッドに対して迅速な巣作りをと威迫――しかも彼の生命の危険をすら伴って――するリュミスベルンは、その最も先鋭的な姿である。
※――上記以外の作品(ツンデレ不在の作品)について、主人公の行動に対する制約要因を見ると、『うえはぁす』の主人公エリオットは被雇用者として常にヒロイン(クリス)から命令される立場であり、また『アルフレッド』の夏野雪継は「教師」の立場に自己拘束している(:立派な教育者になることが、彼の理想である)。『真昼』の山県一義も上半身に関しては禁欲的かつ律儀な人物であり、また彼のスポンサーである山春日霧姫(CVは羽賀ゆい氏)は妬心から主人公に対して攻撃を仕掛けすらする。『南国』のアロハは、他の漂流者たちから不審者と見做され警戒されている。『海賊王冠』のキルンはツンデレとしては力不足だが、島の実力者として「ダーティー・マザー」マドラメアリが主人公アイスの乱行をフォローしている。『DC』はやや位置づけが難しくはあるが、少なくとも「教授」と「蜘蛛」は主人公に対して優位に立っているし、対等(またはそれ以上)の敵対者たちが多数出現する。

 しかるに本作には、そのような抑えがまったく存在しない。八重はジンに盲従しているし、アルイエットはジンに対しては教え子である。ムストはいわば保証人にすぎないし、ツンデレ的側面を持つネイやケーニスも、ジンの行動を制止するほどの力は持っていない(――あ! キューベル公爵こそがツンデレだったんだ!)。エルト王国内でジンの地位を攻撃しようとする野心家もいないし、彼の乱行を非難する国民も現れない(反ムスト派という意味ではリンデルロットがいたし、国内の攪乱要因としては盗賊団の横行やビルド貴族の反乱があったが、いずれもきれいに封殺された)。結局のところ本作のAVGパートは、主人公中心の全能感を疑似体験させるのには成功しているであろうし、その意味でプレイヤーに対して受けの良い主人公像であるが、しかしツンデレという足枷からも逃れた超人主人公には、もはやなんらの歯止めも利いていない。親子喧嘩のために大戦争を引き起こし、不明瞭な権力を行使しつづけ、欲望のままに各地の女性を蹂躙しながら、未熟な精神年齢のままに不謹慎なコントを繰り返しているジン=アーバレストがそれである。少なくとも彼には、シュリナス姫を断罪する資格は無かった筈であろう。作品コンセプトを体現した結果だとはいえ、主人公を作中世界でどのように定位するかについて、本作は(少なくとも潜在的には)いささかバランスを持ち崩したようにも見受けられた。

 (d)ただし、主人公にこのような性格設定が与えられていることについては、作品コンセプトに由来する事情だけでなく、このブランドに特有の原理的事情があるようにも思われる。これまでの12作品を振りかえってみると、主人公自身を含めて、キャラ社作品に登場するほとんどの人物は、公共的関心を前面に押し出すことをしていない。彼等の行動の動機は、もっぱら私的なものである――例えば自社の維持(葵恭介)、経済的野心(アイス)、自身の生存(山県一義、アロハ)、婚姻の成就(ジャック)、復讐心(Dr. ヘルナイト、ジン)、自由の獲得(伊奈瀬晶)のように。またあるいは、愛情、忠誠心、知的好奇心、名誉欲、破壊欲のように。さらには、そもそも目的らしい目的を持つことなく、ただただ自由に生きているキャラクターも少なくない。あえて言えば、「理想の教師になる」ことを目指す夏野雪継は、社会的に高く評価される価値観に適合しているが、それは彼が熱血教師ドラマを観たために興奮しているに過ぎず、彼自身の内面においてはナルシスティックな欲望充足の域を出るものではなかった。

 とりわけ極端なのは、『LJ』の特殊治安維持機関SAFEの面々だろう。その組織上の目的にもかかわらず、その構成員たちはそれをほとんど真面目に考えておらず、彼等の行動はいずれもきわめて個人的な関心に発している。すなわち、婚姻相手を発見するため(ルトワー)、知的野心のため(久留間博士)、組織に対する恩返しのため(唐紅葉月)、金稼ぎの手段として(神代美香)、単なる無関心(涼屋綾菜)、コスプレの機会として(間崎千早)――実にアイロニカルである。また他方で、あきらかな「悪人」「反社会的人物」がヒロインの地位に置かれている場合も少なくない(ロゼルゥ、ルネリア、メルエ)。同社の作中世界に存在する「天界の住人」も、けっして無条件的善でないばかりか、人間界でさまざまな策謀を巡らす集団として描かれているし、他方で「魔界の住人」(魔族)やモンスターも、人間にとって不倶戴天の絶対悪と見做されるわけではない。そもそも、道徳的な善または悪を体現するような存在は、ほとんどいない(――『DC』のトライマンは、そのわずかな例外であろうか)。

 主要キャラクターの中で、大上段の「社会的正義」あるいは「公共性」あるいは「道徳的価値」を掲げる人物は、きわめて例外的である。わずかに挙げられるのは、市政改革を目指す市長ロレーヌ、ルシアン王国宰相モンラッシュ、王国の将来を憂うルクル王女、社会浄化に逸る葉木崎唯、人々に社会道徳を守らせるために暴れる「狂犬」こと多田真一郎、民の平穏を追求するロンギュスト・キューベル公爵くらいのものである。要するに、自分自身の私的生活を改善することに直結しないような事柄を、自身の活動の主要目標として受容する人物像は、キャラ社作品においてはきわめて稀である。

 そして本作においても、たとえば自国の行動を道徳的「正義」だと確信し敵国の存在を「悪」だと断じるような人物は、ただの一人も存在しない。主人公ジン・アーバレストも、そのようなことを一切口にしないし、そもそも考えすらしていない。彼の行動原理は、徹頭徹尾個人的な「復讐心」のみであり、その目的を達成するためには、どの国家が崩壊しようがしまいが、国家体制がどうなろうが、市民の生活がどうなろうが、それらはまったく関心の外にある。そもそも、国家次元または国際的次元の物語であるにもかかわらず、開戦や休戦の大義名分が語られることは一切無く、兵力配分に関する実際的事情が確認されるのみである。同盟国に援軍を派遣するのも「女王が約束してしまったから」という直接的理由、または「同盟国が降伏するとエルト王国がさらに不利になるから」という実利的理由に基づくものであって、けっしてそれ以上のものではない。このように、いわやる「建前」に大きなウェイトを与えず、もっぱら私的事情や実際的事情にものごとを還元していく傾向は、キャラ社作品すべてに通底する大きな特徴である。そしてそれはしばしば、割切ったリアリズムや、明快な合理主義(なかんずく実利主義)として、キャラクターたちを肉付けしている。

 ただし、付言しておくが、彼等が利己的、独善的、不人情的、反社会的な人格であるということではない。どちらかといえばその逆である。少なくとも身近な人々に対しては、けっして冷酷冷淡ではなく、しばしば温かい配慮を示し合っている。また、約束遵守の律儀さと職業的良心の高さは、ほとんどのキャラクターにおいて確立されている(――職務遂行中におちゃらけてしまうことはあるが、それらは額面どおりの描写ではなく、プレイヤーに対するサーヴィスであろう)。たとえば、アイスの厳格な規律意識、山県一義の約束に対する義理堅さ、ジャックの(家族関係上、職業上の)倫理観、Dr. ヘルナイトの公平さ、ブラッドの共感能力、伊奈瀬晶の勤勉さなどは、社会的に成熟した人格として理解されうる。彼等が「正義」や「義侠心」のような公的建前を主張しないのは、それらを信じないからというよりも、ただ単にそのような妄念や口実に依存する必要が無いからであるように思われる。

 要するに、キャラ社作品で好んで描かれる人間像は、「いったん引き受けた責任(とりわけ他者との約束)は果たしつつ、自分自身の目的を明確に持って合理的に行動する、アイデンティティの確立した人格」というものである。狭隘な我欲のみで行動するのではなく、空疎な大義名分を振りかざすのでもなく、物語上誂えられた「運命」に振り回されることもない。実利基準の明快な行動原理と、風通しの良いリアリスト的判断、堅実な現場意識と職業倫理、そしてユーモアを受け入れる余裕のある精神を兼ね備えて、みずからの人生を享受する自立的存在である。このような人間像こそは、ソフトハウスキャラ作品の大きな特長であろう。雑駁にまとめるならば、その人間像はいわば「商人」のそれであり、そしてそれはキャラ社それ自身の印象とも重なり合っているだろう。

 このような人物造形が、キャラ社作品の中で果たしている機能についても、ごく簡単な概観を与えることを試みておこう。
 (α)社会性表現に関連して。キャラ社作品の登場人物たちがしばしば社会的存在であることは、すでに述べた(cf. 1章3節とおりである。登場人物を合理的に造形することは、彼等の行動原理にリアリティが与えるのみならず、それら「社会人」「職業人」の描写にもリアリティを与える。つまり、地に足のついた描写になる。
 (β)行動原理として。各キャラクターの――とりわけ主人公の――行動原理が明確に提示されることにより、プレイヤーがゲームの趣旨を理解しやすくなる。とりわけSLGにおいては、プレイヤーが主人公の活動を指示することになるので、その行動方針を合理的に説明することの意義はよりいっそう大きいだろう。
 (γ)キャラクター描写の定位として。各キャラクターの思考をリーズナブルに構成することにより、それぞれを自立的に行動させることが容易になる。物語展開が場当たりではなくなり、そして読者に対して説得力を与えるだろう。作中に多数のキャラクターを登場させる場合には、作者自身が混乱しないためにも、このように慎重にキャラクターを基礎づけることは、有効である。
 (δ)作中世界の表現として。登場人物たちのリアリズムをつうじて、作中世界それ自体のリアリティもまた、適切に表現されている。キャラクターがまともに行動するからこそ、その作中世界のまともな構造が、読者にも理解できるのである(――大掛かりなフィクションにおいて、例えばSFにおいて、この手法はしばしば有効である)
 (ζ)付随的効果。出来事を叙述する際の「視点」が低くなるので、大柄な物語にならず、小さくまとまりがちになる。キャラ社作品が、その品質及び規模にもかかわらず、いわゆる「大作」の印象を与えないのは、このようなミニマル化傾向にも由来しているだろう。

 (e)上記のような人物造形と関連して、キャラ社作品においては物語の展開それ自体も、同様におおむね合理的な地盤の上に進行する。すなわち、作中の出来事のほとんどは、キャラクターたちの意識的行動の順当な結果として生じるものである。超越的存在が突如介入してくることも無ければ、好都合(または不都合)な「偶然」のタイミングによってキャラクターたちが遭遇したりすれ違ったりすることも無い。あるいは状況を一変させる突飛な「真相」が明らかになったり、非常識なほど強大な陰謀組織が裏で糸を引いていたり、強敵の「気まぐれ」や「お情け」のおかげで命を救われたり、人々の願いが「奇跡」をもたらしたりするようなことも、ほとんど無い。あえて挙げるとしても、せいぜい「Dr. ヘルナイトは宇宙人だった」「竜殺しの効きにくい混血竜のところに、たまたま竜殺しの娘が来た」「暗殺者伊奈瀬晶と死神リンテールの出会い」「長寿族が運営する学園に、たまたま天界の住人と魔界の住人が入園してきた」「男性主人公たちの下半身能力」くらいのものであるし、これらも非難すべきほどのものではない。「森の精霊」グリアルベルモルモローも、高次の神秘的存在として現れるのではなく、世俗的思考を備えた人格的存在として登場する。暗躍する陰謀組織は、むしろプレイヤー側であり、しかも互いの顔の見えるほどの小規模組織である(ヴァルキル)。自己の種族に課せられた制約を克服しようとする際にも、けっして偶然の着想や突然の奇跡に頼ることは無く、ただひたすら個人の努力によって追求される(リーエの謎)。「ファンタジー」「フィクション」にしてはあまりにもリアリスティックな、きわめて堅実な取組み方である。……ただし、アダルトシーンに持ち込む際の強引さと、その後のヒロインたちのストックホルム的懐きぶりについては、大目に見るとして(――なお、現実志向の世界構築については、8章4節でも論じた)

 なかでも、物語がしばしば契約関係から出発しているという傾向は興味深い。運転手としての雇用契約(『うえはぁす』)、婚姻契約(『ブラウン』『巣作り』)、研究環境の提供と研究成果の提供(ヴァルキルとヘルナイト)、またあるいは漂流者たちの間の最低限の取決め(『南国』)、その他のさまざまな契約(晶とリンテールとの双務契約、クライスの学園長任命)である。ここでいう「契約」とは、双方の当事者が、それぞれに自分のための利益を見出すことによってはじめて成立する合意である。『王賊』においても、一方でエルト王国の側では一流軍師を確保しつつその存在を隠蔽できるがゆえに、他方でジン個人としては好都合な状況でヴィスト王国に復讐できるがゆえに、秘密の軍師雇用契約が結ばれた。双方の利害が一致したから契約したのだという、あからさまなギブアンドテイクの取引であり、けっしてそれ以上のものではない。偶然や運命によって成立した関係ではなく、しかし合理的な理由のある関係形成であり、そして読者にも理解できる明快な関係である。物語の導入としてみても、分かりやすく、説得力のあるアプローチである。

 要するにキャラ社作品は、総じてストーリー展開に無理がなく、換言すれば御都合主義に依存しておらず、それゆえ読者に対して自然な説得力を持つ。このようにキャラ社作品の物語展開がリーズナブルであるという事実は、合理的な個人たちの行動の組み合わせによって物語が構成されるというスタイルと親和的なものである。そしてそれらは、ADV作品の場合以上に、SLG作品において、有効なアプローチである。そしてさらに、このような合理的基礎があるからこそ、バカゲー的スパイスがよりいっそう引き立つことにもなる(――とりわけ『南国』のアイテム開発において、そして各作品の「おまけシナリオ」「おまけムービー」において。その頂点の一つが「両国ドミニオン」であろう)。

 強引な物語進行を極力排し、パロディに頼ることもなく、冗長にも陥らず、明快な文体と素直な展開で、生き生きとした人物造形を伴って、作中の状況を活かしつつ、余裕のある話芸によって、常に読者を楽しませてくれる。SLGのテキストとして、これ以上何を望むことがあろうか。
※――もちろん、別様のアプローチを否定するものではない。読者の期待を満たす王道展開、または誰にも予想できないような奇抜な展開。読者との知的共有意識を誘うパロディ、あるいは古典からの巧妙な換骨奪胎。重厚長大な力作シナリオ。道徳的共感に強く訴える、善悪対立の筋立て。複雑な言い回しによってしか表現できない複雑なニュアンス。豊かな想像力から生まれた斬新な世界像。緻密で大掛かりな背景設定。ジャンルや表現様式に対する方法意識的な仕掛け。毒気のあるキャラクター造形、あるいは先鋭化した萌えキャラ。未知なる「神秘」や大きな「運命」と、それに対峙する英雄的主人公。「前世の記憶」による衝撃的な展開。心に残る深刻な一大悲劇。夢と現の間を彷徨わせる幻想譚。韜晦と仄めかしに満ちた語り口、または詳細稠密な描写、またあるいは高度に思弁的な叙述。アヴァンギャルドなバカゲーや刺激的なブラックジョーク。等々――それらは、キャラ社のテキストがこれまであまり扱ってこなかったものであるが、これらの諸々のアプローチもまた、PCゲーマーたちの大好物であるに違いない。


 《総評と展望》
 ゲーム全体の進行がミッションシステムによって包括的に制御されたうえで、53もの戦闘ミッションと、55ものアダルトシーンとを両立させた大作である。これはまさに、近年のキャラ社のゲーム制作方針を体現するものである。しかも、ウォーシミュレーションという大舞台に挑戦して、一定の評価に値する作品を作り上げたことの意義は、たいへん大きい。



  結語:『Wizard's Climber』

 最新作の魔法使い育成SLG『Wizard's Climber(ウィザーズ・クライマー)』については、もはやここで多くを語るに及ぶまい。本稿の設定した関心乃至視座から見て、この作品のシステムが自身の過去のさまざまな試みから摂取していることは明らかだし、そしてそれらがゲーム性に直結していることもまた確かである。無数のイベントの複雑なフラグ設計に関しても、長足の進歩がある。さらに、擬似リアルタイム進行を大規模に導入し、しかも軽快なプログラムによってそれを実現していることも、評価されるべきである。多言を費やして説明する必要が無いほどに、分かりやすくそして面白い作品である(※――『Wizard's』については、のちに別のかたちで詳論した)

 ここまで筆者が述べてきたことは、数個の簡単なテーゼに要約できる。すなわち、
ソフトハウスキャラは頑張っているということ。
ソフトハウスキャラは過去を踏まえつつ成長しているということ。
ソフトハウスキャラは新しいことに挑戦しているということ。そして、
ソフトハウスキャラ作品は面白いということ。
新作『Wizard's Climber』をプレイした手応えは、筆者の期待に十二分に応えるものであり、そしてこの確信をよりいっそう強めてくれた。


 (2008年6月10日補論公開、11月5日補筆)


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